第35回 スタグフレーションに陥る可能性と、飲食店に求められる対策
2023.06.23
今年の春闘で30年ぶりの賃上げ率となったにも拘わらず、4月の消費支出は前年同月比で、マイナス4,4%となりました。減少するのは2カ月連続で、下落幅は2年2カ月ぶりの大きさです( 総務省発表 )。
原因は、円安などによる物価の上昇が現金給与総額の伸びを上回り、実質賃金が13カ月連続で低下している為です。
ただ、この逆風の中でも外食は、新型コロナ感染症の5類への移行効果に加え、リベンジ消費やインバウンド復活に支えられ、前年同月比12,9%増と回復基調が窺えます。
それでは一般家庭の消費動向と、それを左右する物価は、今後どうなってゆくのでしょうか?
マクロ視点で全体像を眺めると、現在の消費者物価は、ガソリン、小麦、電気料金などへの補助金によって抑えられ、実態より低い数値が公表されています。つまり実際の消費者物価指数は、発表される数値より高いのです。加えて電気料金はこの6月から値上げされた上に補助金は9月までで打ち切られ、ガソリンの補助金も6月以降は縮小されてゆきます。
更に米国FRBが利下げをしない一方( 欧州は利上げ )、日銀は6月16日に、大規模金融緩和政策を当分継続すると決定しました。この結果、日本と欧米の金利差により、円安は今後も進むと予想されます。従って、原油価格などの下落により一度は下がった輸入物価が、再び押し上げられる可能性が有ると考えます。もしそうなった場合、消費者物価は更に上振れすることになります。その上ウクライナ戦争は止む気配が無く、穀物価格の上昇要因にもなってきます( 原油価格の不安定要因にも )。
その他でも特に私が懸念しているのが、今年の夏、スーパーエルニーニョの発生( 過去に3回起きています )が予測されていることです。前兆現象として、北大西洋では1850年以降で観測史上最大の海水温上昇を記録し、米国テキサス州沖でも海水温上昇の為おびただしい数の魚が死にました。
残された過去の記録によると、スーパーエルニーニョは危険な暑さや豪雨や深刻な干ばつなど、特異気象をもたらしてきました。WHOは『 地球の気温は未知の領域に入る 』と警告を発し、専門家の間でも『 前代未聞の規模になる可能性 』との声が聞かれます。これらの予測が現実になれば、燃料価格の上昇とそれに伴う家計への圧迫( 冷房用の電気代 )、穀物価格の高騰などを招くと予想されます。
前述以外でも社会保険料の押し上げや増税が、可処分所得の引き下げ要因として挙げられています。
私は、消費の冷え込みが回り回って、外食にも及ぶことを危惧しています。
景気や所得が伸びない中で、インフレだけが先行する現象は、スタグフレーションと呼ばれます。
スタグフレーションとは、経済活動の停滞( stagnation )と物価の継続的な上昇( inflation )が、併存する状態を指す合成語です。
私は、我が国の給与所得が長年に亘り充分に伸びない中、物価上昇が今後も続き、必然的にスタグフレーションに陥ることを恐れます。
飲食店経営は『 事業 』ですから、収益が挙がらなければ従業員さんに報いることも、他の営業経費を捻出することもできません。ゼロゼロ融資の返済期限到来も含めると、コロナ以後も飲食業界は安穏としてはいられないのです。
飲食店が来るべき不確実性の時代を乗り切り、優良店( 愛される高収益店 )として継続営業を実現する為には、商品力( 料理 )のレベルアップは勿論のこと、ホスピタリティーやサービスの向上が絶対条件になります。
ホスピタリティーやサービスの向上の為には、従業員さん達の意識改革とスキルアップが欠かせません。先ずは従業員さん方に、お客さんに満足していただくことが如何に自分達の幸福感や充足感に繋がるかを、物心両面で得心してもらうことが肝要です。
私が『 物心両面の得心 』と申し上げた意味は、一つにはお客さんが満足すれば給与が上がること( 金銭的報奨 )、そしてお客さんを喜ばすことが実は自分を喜ばすこと( 精神的報奨 )になるという、二つの報奨への従業員さん方の、明確な理解と確信を指します。
お店の改革・改善を実現する為には、オリエンテーションや研修、そしてトレーニングが必要です。数あるお店の中には、『 とりあえず現場で先輩達を見て、実地で覚えてね 』というケースも見掛けます。しかしこれでは、良い結果は得られません。
もし皆様のお店が『 経営理念と仕事の規範 』をお持ちでない場合、先ずはお店の経営理念、そしてそれに続く規範から作られるよう、お勧めいたします。何故ならば、これ無くしては店舗運営や従業員さん方の仕事が、魂の入っていない人形の様になってしまうからです。
経営理念をこれから作る際にはその冒頭で、『 従業員さんこそが最も大切な資源 』であることを表明なさることもお勧めします。そしてそこに続けて、私達の仕事の目指すところは何なのか、またお客さんの幸福の為に何が必要なのかなど、仕事の規範を列挙するのです。そしてその行間までも全員で共有することで、従業員さん方が自らの役割を理解し、仕事への意欲を育むことに繋がります。
オリエンテーションや研修では技術的なことを教える前に、理念や規範などの精神的基盤を理解してもらうことが重要です。その上で良質なマニュアルを使い重点トレーニングを施せば、お店は見違える様な変貌を遂げてゆきます。
オリエンテーションや研修では、遣り甲斐となる報奨の約束を、表明なさることもお願いいたします。モチベーションの醸成は、より良い仕事へと従業員さんの気持ちを駆り立て、目標へと向かわせるからです。
商品力の改善や向上では、他店との差別化を図り、付加価値を高めることが重要です。また原材料費などの高騰に対処するには、コストコントロールやコストパフォーマンスの見直しも必須です。
ホスピタリティーやサービスの向上も、愛される店作りには不可欠です。店内の清潔さや心の籠った温かな接客、安全で効率的なお客さん本位の配膳技術が、新規顧客獲得にもリピーター対策にも、大きな力を発揮します。
また、人手不足に対処する為には、求人及び採用の工夫や教育だけではなく、職場環境や雇用形態、そして処遇・待遇の改善も重点項目にしていただきたく思います。従業員ロイヤルティを獲得できれば、離職率を低下させ( 熟練従業員さんの増加 )、新規人財獲得や育成にも繋がります。
改革・改善が実を結び、お客さんに対し価格以上の満足感を提供できたならば、例え度重なる値上げを行ったとしても、お客さんからの許容と支持は得られるものです。
飲食業界への堅調な消費傾向がずっと続くと考えることなく、どの様な社会変動にも耐え得る永続的な健全経営を、鋭意目指していただきたいと思います。