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第 18 回 より効果的な『 褒めて伸ばす 』の為に

2019.11.12

『 企業は人なり 』と申しますが、飲食店における料理も接客も、従業員さんのモチベーションがそのクオリティーを左右します。そして従業員さんのあふれる笑顔とホスピタリティーは、お客さんの心を掴んで放しません。従って飲食店の主力商品は、従業員さんであると言っても過言ではないのです。

 私は良い仕事の源泉を、自信と積極性であると考えます。また、仕事が楽しいと、嬉々として職場に出かけるようになり、仕事中も、時間が経つのを忘れてしまいます。しかしこれらの仕事への前向きな姿勢は、それが更新され続ける為のカリキュラムとフォローアップが有って、初めて持続してゆくものです。
にもかかわらず人手不足と時間の無さを口実にして、新人をいきなり現場に駆り出し、後のフォローをしないお店があります。先輩を見習って、実践で覚えろという訳です。
右肩上がりや人口減少が緩やかな時代には、その様な飲食店でも収益は挙げられていました。しかし来るべき厳しい時世にこの怠慢では、生き残ることさえできないのではと危惧いたします。
 一方一般的なお店では、オリエンテーションから始まり、一応の研修とトレーニングが行われます。
しかしマニュアルをなぞる程度の取組みで終わらせていては、さしたる効果は期待できないのです。

 本コラムの限られたスペースでは、飲食店経営で最も重要な教育研修とトレーニングの要点を、全て書くことはできません。そこで今回はよく推奨される『 褒めて伸ばす 』という手法だけを取り上げ、より効果的な在り方を、少々深掘りしてみたいと思います。

 仕事に対する自信と前向きな姿勢は、褒められることでより大きく育まれてゆきます。
褒められるとドーパミン、オキシトシン、セロトニンといった脳内物質が分泌され、モチベーションが高められるからです。ドーパミンは快感を作り出すホルモンで、また楽しくなりたい、また嬉しくなりたい、また気持ち良くなりたいという気持ちを起こさせます。つまり、また褒められたい、となる訳です。オキシトシンは人を幸福な気分にさせ、セロトニンはストレスを減らします。このランナーズハイに似た作用によって、モチベーションが高まるのです。以上のメカニズムは、脳科学などの研究により実証されています。

 また、人は褒められると、その評価に追い付こうともするそうです。
今年9月23日付の朝日新聞に、東京の池袋警察署管内における、売春や覚せい剤中毒から抜け出した女性について報道記事が載りました。彼女は蜂谷嘉治警部を始め所轄の刑事さん達から、『 ちゃんと我慢できてエラい! 』『 応援しているから頑張れ! 』と褒められ励まされ続けたことで更生したのだそうです。彼女は壮絶な生い立ちと幼少期を経て人生を転落したのですが、現在は病院で働きながら介護福祉士を目指しており、実務者研修も修了したとありました。皆様がご存じのように覚せい剤中毒から抜け出すには、尋常ではない苦しみが伴います。抗しがたい禁断症状を乗り越え人生をやり直したこの実話の裏では、自己と戦い続けた彼女も支え続けた方達も、並大抵の苦闘ではなかったろうと想像いたします。
 
 ここで再び、飲食店の話に戻ります。
褒める行為で留意すべき点は、効用が有るとは言え、やたら褒めれば良い訳ではないことです。
心にも無いのに上滑りな言葉で褒めたのでは、直ぐに見破られ、信頼関係は失われてしまいます。また漫然と褒め続けるだけで緊張感を与えないと、かえって努力をしない状態に押しやってしまいます。
モチベーションを保ち続けてもらうには、従業員さんに常に注意を払い、個性と能力に合わせ足りないところを指摘・助言し続けなければなりません。場合によっては、叱ることも必要です。
そして結果ではなく努力しようとする心の内やプロセスに注目し、気持ちが高まって来たタイミングを捉え、その時にすかさず全力で褒めていただきたいと思います。

 沢山の従業員さんを抱えるお店では、器用さや上達のスピードにも個人差があることでしょう。
ですが持っている能力を褒めたり他人と比較するのではなく、個々の従業員さんが良い仕事をしようとどれだけ強く思っているかに着目し、そこを褒めることが重要です。例えば包丁研ぎにしても、直ぐに上手になる人もあれば、不器用でなかなか上達しない人もいます。あるクライアントさんの従業員さんに、やはり進歩の遅い人がいました。しかし彼は毎日早く出勤してコツコツ練習したお陰で、とうとう教えた私よりも、はるかに上手く研げるようになったのです。私はその進歩に気が付いた時、その心根に感動したと精いっぱい褒めました。この結果に意を強くした彼は全てにおいてその姿勢を貫くようになり、様々な作業で、他の従業員さんより秀でるようになっています。

 私は従業員さん達に良化したところが無いかと、いつも必死で探し回ります。そしてそれを見付けたならば、『 いや~!昨日指摘したところがたった一日で出来るようになった。スゴイ!! 』と言って全力で褒めるのです。

 褒める状況ついてですが、一対一でしっかり褒めることには、従業員さんとのコミュニケーションをよりスムーズにする利点があります。しかしそれと同時に大勢の前で一人を褒めることも、是非なさるようお勧めいたします。何故ならばこれには報奨に似た効果もあり、他の従業員さんは、今度は自分が褒められようと奮起するからです。ただしここで最も気を付けなければならないことは、えこひいきと思われたり、褒めた従業員さんが嫉妬の対象になってしまうことです。チームワークや助け合いの精神が損なわれないよう、細心の注意を払うことが求められます。

 さて『 褒めて伸ばす 』と一口に申しましても、従業員さんには個性も能力差もありますから、一筋縄ではゆかないものです。もし皆様の従業員さんが良い仕事をできていない場合は、先ずお店の指針とカリキュラムを整え、可能な限りの研修とトレーニングをなさるようご提案申し上げます。お店の命運は、全てこの成果にかかっているのですから。
そして褒められ育った従業員さんが、今度は後輩を褒めて伸ばす好循環を、是非とも作っていただきたいと思います。

 昔まだ巨大飲食チェーンなど無かった時代、飲食店の求人広告では『 家庭的なお店です 』との謳い文句をよく見かけました。しかし今日でも一店舗ずつを考えれば、たとえ大きくても飲食店は、一つの家族と考えるべきではないでしょうか。一人でも落ちこぼれる従業員さんが出ないよう、家族の一員として見守る。従業員さんから見れば『 自分のことをちゃんと見てくれている 』となる訳ですが、これが当たり前のことになったならば、従業員さんにとってこれ以上の励みはありません。 
  
 飲食店経営は事業ですから一人でも多くのお客さんを獲得し、できるだけ多くの収益を挙げなければなりません。そしてその収益は、従業員さん方が生み出してくれる言わば『 賜物 』です。従業員さんに対して『 成長を願う 』ことを念頭に置きながら、そして人間としては対等なのですから敬意と感謝の気持ちをもって、『 褒めて伸ばす 』工夫に磨きをかけていただきたいと思います。

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