第 8 回 『 従業員エンゲージメント 』 確立と向上の重要性
2017.07.23
厚生労働省から発表された今年5月の有効求人倍率が、とうとう1,49倍に達しました。
この数字は求職者2人を3つの企業が取り合うことを意味し、1990年バブル期の1,46倍を超え、1974年の1,53倍に迫る高水準です。飲食業界も、ほぼ同じ水準で推移しています。
厚生労働省は、もし今後の経済成長率がほぼゼロで、高齢者や女性の労働参加も進まなかった場合、2030年までに労働人口が800万人減少すると推定しています。従って諸事情を勘案すると、今後の人手不足は更に深刻さを増してゆくと思われます。
原因は少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少が、今後例を見ないほど進むと予想( 総務省発表 )される上、出産、育児、介護などが理由で働きたくても働けない人が多数存在すること。更には団塊世代が要介護になると、働き盛り世代までもが働けなくなる、いわゆる介護離職も大量増加するからです。
飲食店経営は、『 お客さんに愛される高収益店 』を作り、その収益で働く人々の待遇を向上させ、お客さんを更に幸福にする空間を作る事業です。そしてその過程で人が育ち、生産者と取引業者さんにも利益が循環し、結果として社会貢献にまでつながってゆきます。
ところが人手不足の深刻化は、理想実現どころか人財確保ができず、事業継続さえできない店を多出させかねません。
製造業などではAIやロボットの導入により、人手不足への対応が進んでいます。一方飲食業の多くは経営規模が小さい為、先端技術への大規模投資は難しいのが現状です。しかしIT導入や機械化・自動化を手掛けなければ、今後の人手不足に太刀打ちできない業態が、増えてゆくことは明らかです。
大手飲食チェーンでは、ウーバーイーツ経由の宅配など、新システム導入も始まりました。ただ、人でなければできない仕事もまだ沢山有り、現状打開への道程は、未だ道半ばといったところです。
多額費用をかけた求人も、頻繁に行われています。しかし募集策成功で一時的に人手を増やせても、職場への定着が無かったならば、求人経費をドブに捨てるのと同じです。
過去の人手不足の時代には、有能な人財の引き抜きも横行しました。
『 何の為に働くのか 』という理由は人によって異なり、その把握は難しいものがあります。
とは言うものの、ポテンシャルが高い人財の有無は、事業の成否を決します。従って従業員さん達とのコミュニケーションをしっかり取り、『 この職場で長く働きたい 』と思ってもらう為の方策を、講じ続けなければなりません。この取り組みは同時に、『 自ら進んで事業発展に関わろうとする人財 』を輩出する為の、有効な手立てにもなるからです。
飲食店経営に限らず事業であれば、お客さんに幸福感・満足感を感じてもらうことで、初めて収益が挙がり成り立ってゆきます。そしてお客さんの幸福感の源泉である料理やサービスのクオリティーは、働く人々の心情が生み出すものです。
従って私は、『 働く人々を幸福にすることが、則ちお客さんを幸福にすることになる 』という発想が、事業にとっては必須であると考えます。
本コラムのテーマである従業員エンゲージメントとは、『 時間の切り売りとしての働き方の状態 』を指すのではなく、従業員さん達が事業発展と将来に積極参加をしようとする、『 姿勢 』を意味しています。従って従業員エンゲージメントが確立し向上するということは、従業員さん方が職場と会社に対し、愛着と忠誠心を持つということなのです。
勿論この取り組みは、一朝一夕で成るものではありません。しかし優秀な人材の獲得と定着は、健全な継続営業には不可欠です。経営者の役割として、鋭意努力を続けるしかありません。
それでは以下に、従業員エンゲージメントレベル向上の為の、具体的方策を申し述べて参ります。
今日の情報社会では、人心を推し量るための心理学や人間行動学等の研究結果は、容易に手に入れることができます。しかし外国での実験データには、被験者の国民性や価値観・倫理観が日本人とは違う為、鵜吞みにしない方が良いものが有ります。また国内外共に、実験の巧拙もあります。そして中には結論が先に有って、それを信じさせる為に意図的に、偏った論文を書く研究者さえいるのです。
従って目の前の従業員さん達とのコミュニケーションを活発にし、その個性・考え方・能力の違いを見極めることが重要なのです、そうすることで初めて、一人一人に合わせた指導法や処遇・報奨、そして働き方への配慮まで見えてくるのですから。
働く人々が会社や上司に求めるものは、一人一人違います。その気持ちを知ろうともせず、通り一遍の人事労務管理しか考えない経営者やリーダーに、従業員さん達が心を開くことはありません。
さてその働く人の心情ですが、『 仕事を通して得られる幸福感 』を大きく二つに絞って挙げると、金銭的報酬がその一方であることに疑う余地はありません。
将来に亘っての安全で健康な生活を守るには、相応の収入が必要だからです。更にそれ以上の便利さ・快適さを求めれば、相応のコストがかかるのですから当然です。しかしここで留意しなければならないことは、『 応募者が殺到し離職率も低い会社 』が、必ずしも業界最高給ではないことです。また給与額の多少が幸福の絶対条件だと考える人は、より高給を提示する他社を見付けたならば、直ぐそこへの転職を望むことでしょう。
従って給与額だけでは、働く人々の気持ちをつなぎ止めることが不可能だと解ります。
それでは、もう一方の重大要件は何でしょうか?
私はそれを経営者の、『 働く人々を幸福にしたい 』と思う確固たる理念と、その実現の為のビジョンであると考えます。そして経営者やリーダーの持つ『 志 』が本物であれば、理念とビジョンに適った社風と良好な職場環境、そして従業員さん達に還元できる収益、つまり安定した継続営業と発展を実現させる為の戦略は、必ず導き出せるものです。
『 自分でも常連になりたくなるような店 』で仕事ができ、職場やお客さんから称賛され敬愛されたなら、従業員さん達はどれほど幸せでしょうか。その上、遣り甲斐や達成感・適職感・職業愛といった『 精神的報酬 』、更には『 誇り 』までも獲得できたとしたら、働く人々にとって最高の職場となります。
この上に増収による給与・処遇の向上が加われば、更に大きな幸福感と職場への帰属意識が生まれることは必至です。職場への愛着は離職率の低下と新たな人財獲得につながる為、人手不足解消に止まらず、優秀な人財獲得と定着の為の、絶大な力となるのです。
コツコツと努力を積み上げることで自分が高い目標に近づくことを感じ、そこに無上の喜びを覚える人達がいます。働く目的は、自分を成長させる為だと言い切る人達もいます。そして専門技術の熟練度が将来の生活安定につながることは、多くの人が信じるところです。従って従業員さん達にはそれぞれの希望に沿った、機会とサポートを提供することが求められます。また有能な従業員さんには、裁量を認めることもお勧めいたします。そして成果を出せた従業員さんには正当な評価をし、褒賞することが肝要です。金銭に限らず、例えば手紙であっても構わないと思います。しかも功績に見合った褒賞が、絶妙のタイミングで与えられたならば、その効果は絶大なものとなります。
リーダーの資質を持った人財の見極めと重用も、組織にあっては不可欠です。そうすることによって企業文化と理念とが、より確実に継承されてゆくのですから。
以上の努力を積み上げることで、従業員エンゲージメントは、確実に向上してゆきます。
その帰結として、会社の業績、発展、将来に対し積極的に関わる従業員さんが出てきますから、経営基盤は盤石になることは必至です。
この、会社と働く人々の『 幸福な関係 』を育む取り組みは、『 善い夫婦関係 』の在り方とも似ています。良好な夫婦関係では、お互いの考えをよく聴き合うからです。
( engagement は婚約期間の他、積極的な関係や参加という言葉としても使われ、engage には、意義深い関係を築くという意味もあります。engagement ring と言えば婚約指輪のことですものね。 )
皆様の会社で、この様な『 適正で血の通った人事労務管理 』が実現できれば、
①従業員さん方のエンゲージメントレベルとモチベーションが飛躍的に高まり➡②顧客ロイヤルティが向上( NPS上昇 )し➡③高収益を生み➡④従業員さん方の給与・処遇・福利厚生の向上へと還元され➡⑤更なるモチベーション・従業員エンゲージメント向上に繋がる、『 好循環 』が生まれてきます。
そして理想的好循環が出来上がれば、離職率が下がり求職者数が増えることも必至です。
以上の帰結として、理念に共鳴する人財だけを選りすぐりで採用できるようになり、好循環には益々拍車がかかってゆくことになります。
従業員エンゲージメントの向上の効用は、ここまでに申し上げた通りです。従ってこれに連れ料理やサービスの質も向上するのですから、客単価も客数も、押し上げることになります。つまり従業員エンゲージメントの向上は、生産性の向上をももたらす訳です。
マクロ経済から見た場合、余程の革新が起きない限り、もう世界規模での経済成長は望めないと言われています。富の偏在を助長する社会構造もはびこり、賃金上昇も実現しないかに思えます。
しかし個々の皆様の会社に限れば『 他社の模範になる様な良好な職場環境 』を作り上げることで、収益も賃金も上昇させることが、充分可能になるのです。
英国のキャメロン政権下でも国策として重用された『 従業員エンゲージメント 』という概念は、世界中の様々な業界で、大きな成果を挙げています。私は皆様もその確立と向上を、是非目指されるようお勧めいたします。