第 6 回 『 飲食店の経営指標 』に思う
2017.02.28
1949年、湯川秀樹博士が日本人初のノーベル賞受賞を果たしました。
その当時、『 物理学は鉛筆1本で食っていける 』という声がよく聞かれたそうです。
その一方で、飲食店経営は他の事業と同様に多額の開業資金や日々の経費が必要ですから、原価率、人件費率、賃料率、人時生産性等々、飲食店経営の基本指標を相手に格闘することになる訳です。
しかしながら、上記諸指標に沿いいかに厳密なシミュレーションを行っても、潰れる店や青色吐息の店は、どの様な時代にも無くなることがありません。
なぜならば、飲食店の最重要課題は経営指標の数字をこね回すことではなく、顧客エンゲージメントと従業員エンゲージメントを追求し続けることであって、これ無くしては、安定した継続営業など望むべくも無いからです。
まして少子高齢化や人口減少による労働力不足、また東京オリンピック後の景気後退等を前にして、更なるご常連獲得と優秀スタッフの定着を図れなければ、不確実な時代を生き残ることはできません。従ってまだ飲食業界の活況が続く今の内から、鋭意対処してゆかなければならないのです。
ただ、経営指標を無視すればコンパスもレーダーも無い航海の様になる為、指標を軽んずるべきではないことも、ご留意いただきたく存じます。
本コラムでは、経営指標の解説はネット上でも散見できる記述に譲り、違う切り口から飲食店経営について申し上げようと思います。
経営成功を願う者にとって、フード・レイバーコスト等諸指標をいかに扱うかは、実に頭の痛い問題です。しかし数字だけにとらわれることがいかに無意味かは、少し考えれば容易に察しがつきます。
例えば人件費ですが、標準的職能スタッフへの時給1,200円と2人分の仕事ができる有能スタッフへの時給1,800円とでは、実質どちらの方が営業利益に資するかは明白です。
また人時売上高も高いに越したことはありませんが、スタッフ数だけに囚われてしまうと、お客さんへのサービスが行き届かなくなることは必至です。
お客さんの心を掴み続けるには、気働きと効率的動作のできるホールスタッフが、適切数どうしても必要です。しかも適切な熟練スタッフ数は、客席回転率や満席率ばかりか顧客満足・顧客ロイヤルティまで引き上げる為、結果として、人件費をはるかにしのぐ収益を生み出してくれます。
調理場も同様で、仕込みに手抜きが出る人数では料理のクオリティー維持が困難となり、お客さんを減らす要因になってしまうのです。
何れにせよどちらの適切人員数も、スタッフさんの意識向上とトレーニングの成果に係ってくることは、
申し上げるまでもありません。
賃料率も、立地条件との比較で考えなければなりません。そして店舗の形状によっては、同じ面積でも取れる客席数は違ってきます。つまり経営指標は全てを相対的なバランスの中で考えなければ意味は無く、判断を誤れば、逆効果さえもたらしかねません。
例えば人時売上高を突き詰めた『 ワンオペ 』ですが、生身のスタッフさんを考えると、破綻することなど火を見るよりも明らかだったのです。
他にも立ち止まって考えれば、固定観念にとらわれるべきでない例はいくらでもあります。
重要なことは『 考えること 』で、例え事故やトラブルで窮地に陥っても、真剣に熟考すれば必ず光が見えてくるものです。もし最悪にもお客さんに対して大きなミスを犯したとしても、直後の謝罪と対処が最善であれば、『 災いは転じて福 』とさえなり得ます。
つまりミスを補って余りある程の対処ができたなら、強烈なインパクトでお客さんの心を鷲掴みにし、新たな『 顧客ロイヤルティ 』の獲得にさえ繋がるのです。
飲食店経営に限らず最も大切なことは、向き合う相手がお客さんであれスタッフさんであれ取引業者さんであれ、感情を持った固有の人格であることを常に念頭に置くことであります。
そして決して陥ってはならないこと、それは自分の利益を最優先に図ってしまうことです。
やなせたかしさんは、『 人生は喜ばせごっこ 』とよく口にしておられました。そして大病を重ねて入退院を繰り返した中でさえ、ご自分の身を削ってでも子供達を楽しませようとなさったそうです。
アンパンマンのキャラクターが実はやなせさんご自身であったからこそ、沢山の支持を長期に亘り獲得し続けた訳です。
私達もちょっとだけ意識を良化できれば、ちょっとだけ、やなせさんに近づくことができます。
お客さんからも、スタッフさんからも、取引業者さんからも、『 大切にされているな~ 』と思ってもらえたならば、事業はその時点で既に成功しています。
意図せずともふと気が付けば、標準的営業利益率を優に上回る数字が、得られていること間違いありません。
飲食店が常に満席で、その上に長蛇の行列を作ることなど簡単です。全部、無料にしてしまえばよいのですから。しかしそれでは経営が成り立ちません。給料も業者さんへの支払いもできない為、そこで初めて、料金設定など飲食店経営の基本条件を考えることが必要になってくるのです。
自分が食事をするとして、サービスや清潔度等がどれ程の店で、どの程度の料理を食べたいのか?
そして幾らなら、その対価を払ってもよいと思うのか?
また、スタッフさんの立場になって考えた場合、一人の人格としてどのように扱われ、どの様な給与条件や処遇そして職場環境であれば、長期間そこで頑張ろうと思うのか?
その様なことを考えるところから、経営構想を練り始めるのが本道ではないでしょうか。
既に営業中の店が割高料金故に閑古鳥が鳴いていても、お客さんにお得感が出る料理へと質・量ともに進化させれば、不体裁な値下げなどせずとも起死回生を果たせます。
更には、様々な理由で値上げせざるを得ない事態が生じたとしても、お客さんから高い満足度と支持を獲得できてさえいれば、理解と許容も必ず得られるものです。
数字に寄り添うのではなく『 人の心に寄り添うこと 』が、『 飲食店経営成功への扉を開ける鍵 』となってゆくのです。