第 4 回 ピンからキリの『 レストラン覆面調査 』
2016.11.01
ネット検索すると、『 覆面調査 』『 ミステリーショッパー 』のアルバイト求人が多いことに驚かされます。
募集の謳い文句を見ると、『 美味しいものが食べられて、報酬が貰える気軽さから人気 』『 簡単な、主婦にもできるアルバイト 』『 いつもの外食が、圧倒的におトク 』『 空いている時間に♪ 覆面調査アルバイト 』等々。
私共 I S R も行っているこの『 覆面調査 』とは、先ず一般利用者になりすました調査員が、料理・商品や接客サービス、清潔度や雰囲気等を総合的に評価判断することから始まります。そしてその調査結果をお店にフィードバックし、全ての長所の最大化・全ての短所の最小化と、顧客満足・顧客ロイヤルティの向上を図ろうとする手法です。
覆面調査を素人ではなく、コンサルティング会社の専従社員が行う事例も多々見受けます。
しかし素人であれプロであれ、調査員の資質や調査内容・手法の総合的レヴェル差が、調査結果と効果に雲泥の差をもたらします。的の外れたレシピではまともな料理が作れず、例え正しいレシピを用いたとしても、料理人の能力差によって出来上がる料理が別物になるのと同じです。
未熟な調査員や形式だけの調査システムでは、グルメサイトのレビューに毛が生えた程度の報告書が精一杯です。また重箱の隅をつつく様に欠点をあげつらっても、本来の目的は達成できません。
何れにせよこの『 覆面調査 』は、1930年頃のミシュランガイドから始まりました。そしてその後、様々な変遷を経て世界中に広がったのです。
初期のミシュランガイドはタイヤメーカー・ミシュラン社の、一般社員が匿名レビューを書くだけのものでした。しかし後にはホテル・レストラン業界のベテランで、長期研修を経て適性審査に合格した人財だけが、覆面調査員に就任するようになります。
そして私が敬愛して止まなかった故ベルナール・ロワゾ―の活躍する1990年代には、調査員の味覚やセンス、美意識や見識は、非常に洗練されたものになりました。その結果ミシュランガイドは、黄金期を迎えることになるのです。
そのレストランは一貫性を保っているか? 一年を通じ、ムラなく美味しい料理を出しているか?
そして料理だけでなく、接客、内装、シェフの人格までもが、総合的かつ厳しく評価されるようになりました。しかも複数の有能調査員が年に十数回、同じ店を訪れるケースさえ有ったのです。従って調査方法が公正・厳格だったその当時は、ミシュランガイドの権威や信頼度たるや絶大でした。その為フランス全土13万軒中20軒ほどしか無かった三ツ星レストランのシェフ達は、『 フランス文化の担い手 』として、国民の尊敬を一身に集めるまでになりました。
しかし近年になると、星を返上するレストランや内部批判記事が出るなどして、ヨーロッパにおけるミシュランガイドは、権威も影響力も低下するようになります。
その威信低下が原因だと思われますが、2005年以降、アメリカや日本などの新市場に進出するようになるのです。日本では真新しさ故に人気はまだ有りますが、世界的には廃刊や休刊も出ています。
往年の審査基準が様変わりし、開業間もない店に星を与える事態が今後も続けば、その威光が完全に失われることにもなりかねません。
ミシュランは今後もガイド刊行を継続するのでしょうが、真に価値有るレストラン情報を提供する為、更には食文化の発展の為にも、是非かつての栄光を取り戻して欲しいものです。
さて、日本にも多々有る『 覆面調査 』の現状ですが、調査員や調査内容の水準が低いだけでなく、目指すところも不明確で、名目と形だけのものが過半を占めていると言わざるを得ません。
30~40程の単純化したチェック項目に未熟無見識な調査員が点数を付け、素人でも思い付くコメントを連ねる程度では、『 調査報告 』の体裁を成しているとは言えません。
私は国内外多数の高水準レストランから、ガード下の立ち飲み酒場まで利用してきました。何の業界でも同様ですが、お客さんから支持される飲食店には『 心有る仕事を自然体でできる人財 』が、必ず働いていたものです。
私は素晴らしい料理を提供してくれたシェフ達にも、お礼を言いがてらよく話をしてもらいました。
その料理人さん達はお人柄も抜群で、どの人もどの人もお客さんを喜ばせたい一心で仕事をする、実に立派な職業人でした。また居心地の良いお店には、営業スタイル・客単価・客筋に相応しい雰囲気も、必ず備わっていました。
飲食店にとって最も重要なことは、『 お客さんが求めているものは一体何か? 』と常に追求し続けることです。そして飲食店経営は『 事業 』ですから、顧客満足からどれだけ利益を導き出せるかも、考察し続けなければなりません。
私共の役割はここに寄り添い、皆様のお店がお客さんからも従業員さんからも支持されているか否か、また充分な収益を挙げる為の条件を満たしているか否かを見極め、不足部分を改善してゆくことにあります。従って覆面調査はお店を人体になぞらえ、健康上問題の有る器官を探し出す検査と診断に当たります。しかもこの検査と診断の目的は、正確で効果的な治療法の特定、つまりお店の健全経営へ向けた改善策の特定にある訳です。その為には当然のこと、より高精度でなければなりません。
また本来あるべき覆面調査とは、一般論としての飲食店の理想とクライアントさんの飲食店の現実とを、単に比較・検証することではありません。
立地・営業形態・客筋・客単価などそのお店の全個別条件を基に、最も相応しくまた効果的な営業方針を導き出せなければならないのです。従って画一的で凡庸でしかない調査と提案では、それがどれほど多項目に亘っていたとしても、用を成すものではありません。そして調査員はあらゆる業態の成功要因と失敗要因を見通せるばかりでなく、働く人の技量や心理状態まで見通せなければ、一人前とは言えないのです。
スタッフさん同士がお互いを思いやり、和やかな人間関係の中で仕事をしているか? 楽しんで仕事をしているか? スタッフさんから『 人の役に立ちたいというオーラ 』が出ているか? スタッフさんの中に、良いチームワークができているか?等々。 これらの調査結果は後の研修やトレーニングでも使えるものでなければ、『 覆面調査 』の水準として充分とは言えません。
私の尊敬する人間行動学者デズモンド・モリスは、『 アンテナを研ぎ澄ませて観察すれば、仕草や視線・唇の動きからも、相手の気持ちを理解してあげることができる 』また『 一枚の写真からでも、写っている二人の序列や相手への忠誠心でさえ、洞察力を駆使すれば判断できる 』と語っておられたそうです。更にマンウォッチャーとしてのモリス先生は、『 人間を観察することは、相手の心の秘密を暴くことで自分が優位に立とうとするものではない。人間観察をすることによって私達は、他人への寛容さが増す。他人の動作の意味を理解することは、その人が抱えている問題を洞察することであり、以前には攻撃してしまったことでも許容できるようになる。相手が何を望んでいるかという問の答も、そこから見えてくる 』との認識を、ご自身の基本的スタンスとされていました。
デズモンド・モリスの持論からは、優れた覆面調査やコンサルティングにとって、お店及びスタッフさん達の置かれた個々の状況を、正確に把握することが不可欠であると解ります。人間の個性や健康上の問題が一人一人違うように、飲食店の個別条件も百社百様だからです。
従って経営状態を改善するに当たっては、個々のお店やスタッフさん達に合わせた、最善の対処方法が求められるべきです。
私にとってクライアントさんのお店を『 理想空間 』にする為のお手伝いは、単なる仕事ではなく、人と社会への貢献の手段であり、また『 使命 』でもあります。
その想いを実現する為には、常に『 最高のコンサルティングとは何か? 』を探りながら、鋭意努力を続けなければならない。そう、自分に言い聞かせる毎日です。